1基本の中の基本-7知能


記憶の組み合わせ

様々な記憶を頭の中に蓄える過程で、それを次に使う時にどうやって呼び出すかという問題があります。これは記憶の検索キーのようなものです。通常の記憶は名前を付けて憶えます。名前を言われれば物の姿が頭に浮かび、物を見れば名前が頭に浮かぶのです。これは一番原始的な記憶方法ですが、一対一対応しかできないのでは色々と不便な事が起こります。

子どものなぞなぞを考えてみましょう。足が四つでワンと鳴くものは何だ、答えは犬です。足が四つでニャーと鳴くものは猫です。足が四つで人が座るものは椅子です。たわいもない事のようですが、子どもは足の数と泣き声から、動物というクラスとそれに含まれるサブクラスを判別します。そして生き物以外にも定義が継承されているのです。このように大中小の分類で分けたり、ある特徴を抜き出してその組み合わせで記憶する事を憶えます。

またそれらの記憶同士をそれぞれの特徴や分類以外に、時系列や空間の関連性で結び付けて記憶したりします。椅子とテーブルをセットで憶えたり、猫と馬をセットで憶えたり、タオルとお風呂をセットで憶えたりするわけです。この頃になると、子どもの頭の中には抽象的な概念を除いて、ほとんど大人と変わらない記憶のネットワークが構築されています。

入ってくる情報

五感を通して外界からは常に情報が入ってきます。外の音や光、台所の匂い、床の感触、ミルクの味などです。生まれてすぐ情報の洪水にさらされる乳児は、次第にその中から自分にとって重要な情報を見分けることができるようになっていきます。

自分を呼ぶ声(まだそれが名前だという認識はなくても)や大きな物音、父母の顔、抱っこされた母親の体の感触、自分の好物の甘い味等から優先的に情報を取り入れていきます。そして自分の体や声に合わせて外部がアクションを起こすことで、次第にやり取りをする感覚を見に付けていきます。情報のインプットとアウトプットです。

何を記憶して、何を処理するのか

入ってきた情報にあわせて、子どもは自分の頭の中でいろいろと考えて、また外部に向けて情報を送ります。自分の名前を呼ばれて、母親が呼んでいるのだと理解して、そちらの方へハイハイしていきます。近くまで来たら母親が抱き上げてくれたので、その感触を楽しんで、にっこりと笑って見せるのです。

この間に脳の中では、過去の記憶から似ている条件を探し出し、母親の声だと理解したり、自分を呼んでいる声だと思ったり、楽しい感情だったことを思い出して笑ったりするのです。そして「この経験」をまとめて脳の奥底へ記憶としてしまいこみます。つまり、子どもの頭の中では、入ってきた情報と過去の記憶との照合、その結果として自分が快くなるための方針決定が行われ、体の各部分に指令を送るわけです。そして自分が初めて出会う場面や、強い印象に残る場面は更に記憶へと蓄えられて次回の照合に使われます。

例外やエラー

しかしいつも自分が思ったとおりにうまくいくとは限りません。世の中には例外が沢山あります。誰にでも抱かれる子どもだったのに、子ども嫌いの人が抱いてくれなかったら、次から抱かれることに臆病になるかもしれません。好きなお菓子を食べ過ぎて吐いてしまったら次からは嫌いになってしまうかもしれません。

そしてもちろん子どもの事ですから、考え違いをしてしまうことも多くあります。お母さんだと思って後ろから抱きついたら違う人だった。車の音がしてお父さんが帰ってきたと思ったら、よその家の車だった。等などと自分の予想と違うこともあります。小さい頃はこのような自分の間違いも、わけがわからなくなって怒ってしまいますが、そのうち自分の考え違い、思い違いである事を理解するようになります。

そしてこのような経験自体も記憶されていきます。抱っこされる時に怖い目つきの人だったら自分からはいかない、車の音が遠くで止まったらお父さんじゃない、等と場合分けして物事を考えられるようになるのです。もし○○だったら、という考え方ができるようになると、これは今までの記憶のやり方とはまた違ってきます。今までは物事を一つずつ順番にたどるような考え方でしたが、これからは、もしもこの場合には、あの場合にはといくつも枝分かれした一連の処理を実行できるようになります。

考える過程自体が知識になる

このように、自分で経験して考えたことの過程そのものを記憶していくことで、知能は飛躍的に高まっていきます。自分の記憶がぼんやりとしたものでなく、しっかりした事実なのだと確信するのもこの頃です。前に似たような事があった、あの時にこうしたら間違いだった、ああしたら正解だったと思い出すことで間違いも大きく減り、忘れにくくなっていくのです。

そしてもう一度、そうやって考えた事を記憶に蓄える事で、更に次の機会には間違いにくくなっていくでしょう。子どもの試行錯誤をなるべくやらせてあげるようにするのには、こういう理由があるのです。間違った道を通った事があるからこそ、正しい道をハッキリと自信を持って進む事ができるようになるのです。

自分で経験したことを積み上げる

こうして経験したことが記憶の中にたまっていくことで、今度はそれらの手順を一個一個関連付けて記憶できるようになるのです。美味しいお菓子をもらえるためには良い子にしていなければならない。良い子にしていることは言うことを聞かなければならない。お母さんが新聞を取ってきてといったら取ってこなくてはならない。新聞を取るためには玄関まで行ってサンダルを履いて行かなければならない。等と一つの事柄から順を追って再帰的に物を考えることが出来るようになります。

これは今までの経験とその記憶から導き出されることです。今までの試行錯誤が多ければ多いほど子どもは柔軟に考えをめぐらせ、間違いを少なくして行けるのです。そうして成功した体験は、またまるごと脳にしまわれます。次からはより短時間で、より間違いなく同じ事ができるようになるでしょう。

シミュレーションができるまで

しかし経験が豊富にあっても、初めて経験することは子ども時代には沢山あるものです。初めてのケースの場合、小さい頃はまるで何をどうしたらいいのかわかりませんが、成長してくるにつれて自分が何を知らないのかがハッキリしてきます。

牛乳を取ってきて、と言われれば新聞のように取りに行くのだな、と自分なりに推理します。そして玄関へ行き目的の物を取ってくるのですが、もう一段階成長すれば、その自分の行動を事前に頭の中でシミュレーションすることができるようになります。これは初めてお使いに行く時などに重要なことです。自分がやるべきことと手順、道順、例外が起こった時の対処の仕方、そしてその全体を忘れないこと。ここまで考えられるようになって、いくらでも頭の中で自由に物を動かしたり移動したりをシミュレーションして実際の試行錯誤の割合が減っていくのです。

小さな頃は全てが試行錯誤で、ボールを落としたら弾んだ、お皿を落としたら割れた等を確かめなければ気が済みませんが、頭の中でシミュレーションができるようになると、実際にやってみなくても結果を想像する事ができるようになるのです。こうなれば、後はいくらでも自分で考えて学んでいくことができます。

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